至福のひと時 ― 「夢を召しませ」 川島雄三

 もう学校にも工場にも行かなくていいし、今日や明日、これから先のあれこれについて煩う必要もない。あらゆる責任や役割から解放され、自分が自分でしかないことから逃れ、さらには人間をやめることだってできる。この一時間ちょっとの小旅行(トリップ)は、ここ十数年で最も幸福なひとときであったことは間違いない。
 ほとんど殿山泰司が楽しそうに参加していたということを除いて、一体何が繰り広げられていたのか覚えていないし、そもそも覚えていたとしても到底それを説明することはできないのだが、川島雄三の天才がその「場違いの喜劇」の才能を最も純粋な(あるいは最も不純な)形で存分に発揮したら、これほどまでのものが出来上がってしまうのか、という驚くべき映画が「夢を召しませ」であった。
 あらゆる秩序は打ち立てられると同時に、その足元から崩れ落ちる。出演者たちの口から発せられる言葉、行動、示される文字、カットとカットの繋がり・・・などの記号から、僕らはひとつひとつ意味を汲み取ろうと努力するものの、登場人物たちは裏切り、変態し、ダンスし、華麗な意味からの逃走をはかり続けて、結局、画面上のあらゆるものはなんの意味もない「たんなるモノ」となって、映像は「たんなる映像」になる。秩序が生まれるその瞬間に死ぬその瞬間に生まれるその瞬間に・・・留まることなく逃走し続けることのえもいわれぬ快楽!ぜひ劇場で味わって頂きたい。

「夢を召しませ」はシネマヴェーラで開催中の特集『川島雄三「イキ筋」十八選』で11月28日にもう一度だけ上映されるようです。