地理学と地質学の幸せな結婚 ― 「ドラゴン・タトゥーの女」 デヴィッド・フィンチャー

 部屋の中にはセブンイレブンのレジ袋が認められ、冷蔵庫にはコカ・コーラが何本も収められている俗物っぷり。そして、マクドナルドのハッピー・セット(“Happy meal”)を好んで食す可愛らしさ。タバコの吸い方にもあどけなさが抜けていない。
 一見クールで、なにもかもカンペキにこなしそうな、ドラゴン・タトゥーの女・リスベット(ルーニー・マーラ)が、天才的な要素も持ちつつも、そういった俗物さと可愛らしさをもつ凡庸な23歳の一女性であることに吃驚させられ、感動させられる。先見の明があってあらゆる危機をはらりと避けたりするのかと思えば、彼女も手さぐりで、もがきながら現在を生きているのだ。調査のための資金を得るために、男に従順に従い、モノを握らされ、咥えさせられ、終いには犯される。真暗な現在を、未来へ繋がることの困難さに叫び声をあげる彼女の凡庸さに、どうして涙せずにいられようか。
 
 無人島のように何ひとつない空き家に、ふと窓から猫が入ってきたり、管理人のおじさんがやってきて暖炉に火をつけてくれたりして、そうやって新しい人や出来事と遭遇していくことによって現在が形作られ、ものごとの全体像が少しずつ見えてくるリアルタイムの感動こそ、「ドラゴン・タトゥーの女」の素晴らしさだ。 車が一台通れるくらいの広さの橋一本のみによって陸地と繋がれているという、特異で(映画的に)魅力的な地理的環境をもつ小さな冬の孤島。その孤島で40年前に起きた少女失踪事件を、ジャーナリストのミカエル(ダニエル・クレイグ)とリスベットは追うことになる。孤島近くの空き家にこもり、かつての膨大な資料をもとに手さぐりで事件の真相に迫っていくミカエル、そしてリスベット。過去の文章や写真、映像が反復されることで、ミカエルとリスベットの現在が形作られていく模様は、まさに僕らがいま「ドラゴン・タトゥーの女」を見て(反復され)、絶えず新たな現在が作られていく状況と同じではないか。
 
 ミカエルとリスベットは、いまもそこにある一本の橋や孤島を自分の足で実際に移動し、そして、40年前の写真や映像を検証することで孤島の古層を掘り起こし、一歩づつ真相に迫っていく。この地理学と地質学の幸せな結婚の美しさには、本当にうっとりさせられる。とりわけ、非常に魅力的な一本の「橋」を中心にして起きる過去、そして現在の出来事の反復には眩暈を感じてしまうほどだ。
 それが歴史学ではなくて地質学であるのは、彼らが文章よりもむしろ写真や映像をふんだんに利用して真相に迫っていくからにほかならない(歴史とはしばしば権力者の言葉で語られるものだ)。そして実際、失踪した少女ハリエットは、古層から掘り起こされることとなるのだ。


全国公開中「ドラゴン・タトゥーの女」をぜひ見て頂きたい。