「アルゴ」 ベン・アフレック

 ちょうど昨日、河合君やドラ山君と大人蔦谷に向かう際、代官山のマレーシア大使館を通り過ぎるとき、「この塀の外は日本で内はマレーシア。塀を乗り越えればマレーシアに亡命できる」という、その「ケイドロ」的なルールのゲーム性の滑稽さをドラ山君が指摘してたいへん盛りあがったこともあって、「アルゴ」の冒頭で、「塀の外はイランだが内はアメリカ」と信じ切っている人々をよそに、一人のイラン人がアメリカ大使館の柵を乗り越えたことを発端として、チェーンがペンチで切られ、圧倒的人数によって鮮やかにそのゲームの規則が侵し切られてしまうさまは、「赤い糸の女」でマナカナが犯されたときの妙な心地よさに似てはいないか。
 その爽快な冒頭から約二時間、僕らの興味が一時も失せることがないのは、「ばれる/ばれない(死/生)」の宙吊り状態が持続し続けるからじゃないか。カナダ大使館に逃げ込んだ6人がアメリカ人であること、そして「Argo」という映画が偽であることの「ばれる/ばれない」が時間的・空間的に先送りされ続け、ときにやや弛緩しつつも、僕らを宙に吊り続けて緊張を強いる。空港や庁舎での審査ではもちろん、街頭で車の行く手を阻むデモ隊や市場に密集する人々には、いちいち高度な緊張を強いられることになるし、テヘランの全景ショットの後方に高々とそびえたつザグロス山脈は、そう簡単にこの領土から脱出することは許されないのだろうという絶望的な緊張感を与える。そして緊張の糸が弛緩するはずのほとんど唯一と言っていい場所であるカナダ大使館内にさえも、いかにも密告しそうなイラン人召使いがいるし、シュレッダーで処理したはずの6人の写真はイランの子供たちによって徐々に復元されつつあるから、空間的・時間的にもはや国内に逃げ場所などなく、宙吊りから解放されることはない。
 そして最大の難関である空港では、関門関門でいちいち止められ、既のところで危機をかわすという弛緩と緊張のくだりが、宙吊りのパロディかと思うくらいこれでもかという具合に何度も繰り広げられた上に、ジャンボジェットと自動車のチェイスによって最大限に高められた緊張の糸は、幸いにもイラン兵の構える銃の弾丸によって断ち切られることはなく、ジャンボジェットの浮遊によってやや弛緩しはするのだが、はるか彼方に捉えられたザグロス山脈は、それでもまだ宙吊り状態から解放してはくれない。真にこの宙吊り状態の断絶が果たされるのは、「イラン領空を出ましたので、これよりアルコールの提供を開始させていただきます」というCAによる機内アナウンスの声―「イラン領内に入ったのでアルコールは回収させていただきます」という入国時のアナウンスによって緊張とともに覚えた「イラン領内では僕らもアルコール禁止なのだな」というちょっとした知識―であることが感動的であり、そして同時に「酒が飲めるぞ」という喜びをベン・アフレックが忘れるはずもなく、期待通りにシャンパンを開けてくれることがこれまたこの上なく嬉しい。
 さらに、無事6人を奪還し、帰国した主人公(ベン)を迎える家族がいる「家」のエスタブリッシング・ショットで「アメリカ」を見せるところもみごとで、長い緊張の後のこのアメリカン・ホームの包容力はただごとではない。