母なるロシアはでっけえでなあ!−ボリス・バルネット特集

アーネスト・ホーストには1分やっても泣かされない自信があるが、ボリス・バルネットにはかれこれもう5,6回は一瞬で泣かされた。
それはあまりに単純な一瞬の出来事である。決して油断などしてはいなかったが、そのあまりの単純さゆえに、なにが起きたのかまったく理解する間もなく涙が噴射するのだ。

「帽子箱を持った少女」の接吻は映画史上もっとも素晴らしい接吻シーンのひとつだろう。
青年が指を怪我して、指の血を舐める。青年に思いをよせる少女はそれを見て「しめしめ」と、自らの唇を針で刺して血を流す。少女は青年を欲しそうに見つめる。少女の思惑通り、青年は少女の唇に吸いつく!
 
映画祭を除いて上映後に拍手が聞けたのは、ジャック・ロジエの「アデュー・フィリピーヌ」以来、「国境の町」が2度目だ。青年と少女が別れ際に握手をするだけのことだ。兵士たちが戦場で一斉に笑いだすだけのことだ。それは美しいまでに単純な、単純なまでに美しい、一瞬の出来事だ。
 
「青い青い海」の別れは、「アデュー・フィリピーヌ」のそれに決して劣ってはいなかったろう。「青い青い海」にも拍手を送りたかった。

「この世のことは何ひとつわかりゃしない!」「母なるロシアはでっけえでなあ!」とかいった、チェーホフの「!」の感動は、バルネットのフィルムにもあふれている。
いや、バルネットに限らずゲルマンやカネフスキーにもそれは感じ取れる。
何てことない出来事から、どうしようもない出来事まで、いちいち「すごいねえ!」とか「わからんねえ!」とかいって感動するバルネットの、ロシアのでっかさ!アコーディオンのせつなさ!


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