1月22日 安部公房『人魚伝』

安部公房『無関係な死・時の崖』(新潮文庫)に収録されている短編『人魚伝』を久しぶりに読む。海で見つけた人魚とアパートを借りて一緒に住む話としか覚えてなく、今日久しぶりに読んであまりに美しい恋愛小説で驚いた。どのような恋愛がしてみたいかと今後聞かれれば、『人魚伝』のような大失恋と答えるだろう。

p234,235:ぼくの情念は、もっぱら彼女の眼に向けられていた。単に精神的にだけでなく、肉体的にもだ。ほかにしようがなかったせいもあるが、彼女の眼を舐め、涙を吸うのが、毎日くり返される、最高の快楽になっていた。
 彼女の瞼は、微妙な反応を示した。瞼だけではなく、眼球までが、奇妙に感覚的な動き方をするのだ。ぼくたちの性は、眼と唇の接触をつうじて、満たされていたようなものだった。

p250:ぼくは用意してあった野球のグローブを、その口におしこんでやったのだ。さもなければ、彼女はその歯さばきで、瞬時にぼくを三等分ぐらいにはしていたことだろう。
 眼の傷は、人魚にとって、致命傷だったらしい。彼女は、日に日に乾燥して十日ほどすると、ミイラになってしまった。色もすっかり、褐色に変り、もう昔の面影はない。ぼくはその変色し収縮し、むしると乾いたパンのように指のあいだでポロポロになってしまう彼女を、虫除けの薬といっしょに古新聞にくるみ、しっかりと旅行鞄の中にしまいこんでやった。