『淳二稲川のねむれない怪談(はなし)1』

『淳二稲川のねむれない怪談(はなし)1』でアイドルの辰巳奈都子の話がなかなかよかった。
アイドルの話す怪談といえば「小さいおじさんが・・・」とか「河童が・・・」とかいった話をいかに熱量をこめて信じ込ませようとするかという、語りのスタイルもセットになった1つの紋切り型が一般的になっているように思う。そしてたいてい、そこに登場する幽霊や怪物はあまりにキャラクターめいていて、しばしば怪談になっていない。辰巳奈都子の話ももちろんその類であることに違いはなかった。
彼女は例のごとく熱く語る。
「夜中に幽体離脱した祖父が庭でストッキングを被って立ってて・・・」
「パンストを被った祖父」。「小さいおじさん」と大差はない・・・ように思える。が、辰巳(敬意を表して「辰巳」と呼ばせてもらう)の話は一般的なアイドルのそれと絶妙な距離を保つことによって、妙な生々しさを持つ、それがみごとだった。
小学生のころ、祖父の家に遊びに行く。夜中にトイレに立った辰巳は、庭に祖父がパンストを被って立っているのを目撃する。しかし祖父は寝ている。それいらい、毎年祖父の家に遊びに行ったときは、パンストを被った祖父が見たくて、夜中に起きる、そして毎年祖父はパンストを被って庭に立っている。
辰巳はそのことを現実の祖父に言えない。その理由、感動的なのは、その祖父という人が寡黙な人であり、それでも小学生の辰巳を喜ばせようと、一度現実に(つまり幽体離脱していない間)パンストを被って出てきたことがあるということ、そして、それによって祖母に激しく怒られたことがあったということである。今まで流したことのないような涙が流れた。
もう一つの話は、辰巳が小学生のころ、河原でよく「おじん」と呼ばれるおじさんと遊んだ話である。いつもは辰巳とその友人と「おじん」の3人で遊んでいた。ある日友人が現れなくて、辰巳と「おじん」の2人だけで遊んでいた。
すると「おじん」は「家に鉄の靴があるから見に来ないか」と言う。鉄の靴?辰巳は興味があったので「おじん」の家まで着いて行く。「おじん」は家で鉄の靴を彫っていたという。ふと辰巳が目をはなすと「おじん」はいなくなっており、後ろを振り返ると「おじん」が包丁を持って立っていたので全力で逃げた。それ以来「おじん」と遊ばないようにした、という話。
「鉄の靴」というのが素晴らしく良い。安部公房に近い。それでも語りのスタイルは従来のアイドルの熱量あるそれと変わらないことが、辰巳の魅力である。

p145:緑色の透明なツバがついた野球帽の少年が、その薄桃色の下腹あたりに、手をのばした。(『無関係な死・時の崖』収録の『なわ』)

「緑色」ではなく「緑色の透明な」ツバ。これが安部公房である。「緑色」と「透明な緑色」には天と地ほどの差がある。