オヤメ!

 渋谷のコーヒー屋で友人のナカハシ君とコーヒーを飲んでいた。入口そばの窓際の席に座って、外の通行人たちを眺めていると、剛力カットの女性が店に向かって歩いて来るのが見えて、それがアヤメだったから、実家の冷蔵庫下でヤマナメクジを見つけたときのように失語症に陥った。
 首をはねられて、首をはねられたことに気付かないまま、僕は首をはねた相手を見つめ続けていたので、アヤメのほうにも、そのただごとではなさがどうやら伝染したらしく、アヤメと2秒ほど見つめあった。
 挙句、初対面の人間どうしがまばたき一つせずに瞳を触れ合わせてよい時間をはるかに上回ってしまっていることにどうやらアヤメのほうは気付いたらしく、アヤメは顔を下に伏せた。
一方僕はといえば、いまだ失語症の回復作業の途中にあって、そのままアヤメが店のドアを開けて真横を通り過ぎていった後も、アヤメのいた中空を見つめ続けた。