死臭漂う ― 「(秘)色情めす市場」 田中登

 もちろん僕だって、小学5年生のときに飼育栽培委員会に属し、毎週火曜日がチャボの飼育当番だったわけだから、それらを校舎の屋上から解き放ってみたいという欲望に駆られなかったわけがない。果たしてどうなるのか?羽をばたつかせながらうまく着地するのか?落下して地面に激突するのか?はたまた空の彼方に飛んでゆくのか?・・・だが当時小学生の僕にはそれを実行する勇気も知恵もなかったので、結局そのまま卒業式を迎えてしまい、それ以来チャボに触れる機会も得られずじまいで今に至るというわけだ。私的なことで申し訳ない。だが「(秘)色情めす市場」で田中登はそれをやってのける。
 1974年当時のクソ暑い夏の大阪・西成のクソ暑さとそこを実際に歩く浮浪者たちが出すただごとではない空気を缶詰めにしてしまっているだけでこの映画は十分贅沢なのだが(監督自身浮浪者に化け、隠し撮りで撮ったという)、娼婦の姉が知的障害を持つ弟に(どうしようもないので)こんにゃくであちらの処理をしてやるなどの細かい演出にもみごとで、吃驚させられる傑作だ。
 終盤、それまで白黒だった映像が突然カラーに変わり、それまでずっと家の中に閉じこもっていた弟が、ペットの鶏を連れて、とぼとぼと歩きながら街へ繰り出す。リードで繋がれた鶏は、犬のように主人の先を歩くことも、主人を対抗する力で引っ張ることもなく、地面を愚鈍に引きずられる。大阪城の傍を通って、弟が目指すのはもちろん、冒頭のショットにも映っていた通天閣だ。通天閣の階段を上り、たどり着いた展望台で、カメラは遥か下の大阪をゆっくりと180度ほどぐるっと見下ろす。見渡す限り、視界を邪魔する高層ビルなどひとつもない爽快な景色だ。それは弟の主観なのだろうと思っていると、鶏を両手で抱えた弟がフレームインする。弟はなにやら展望台の手すりに鶏を乗せたりしている。再び、弟は両手で鶏を抱える。そして、果てなき空に向かって鶏をフワッと放り投げる。
 さて、鶏がどうなったかはぜひ劇場に足を運んでご確認いただきたい。

「(秘)色情めす市場」は渋谷ユーロスペースで開催中の特集「生きつづけるロマンポルノ」で5月29日(火)、6月1日(金)に上映されます。