マシジュン ― 「桐島、部活やめるってよ」 吉田大八

 桐島が出てこない。その不在によって物語が進んでゆく「桐島」は、ヒッチコック言うところの「マクガフィン」である。また特徴的なのは、ガス・ヴァン・サントの「エレファント」のように、異なる視点から、何度も同じ時間が繰り返される。
 これらはさして驚くべきことではない。真に驚くべきことは、たんなるマツジュン似の男子高校生とたんなる白ギャル女子高校生のキスシーンが、たんなるキスシーンに終わってはいないことだ。
 放課後、校舎裏の林で交わされるマシジュン似男子高校生と白ギャル女子高校生の接吻。マツジュン似男子高校生に思いを寄せる吹奏楽部の女生徒(大後寿々花)が見ているにもかかわらず、(いや、見ているからこそ)白ギャル女子高生は「ここでキスして」と迫り、2人は接吻を交わす。
 このとき、吹奏楽部の女生徒が演奏するサックスの、放課後よく聞くあの単調な練習音が、2人の接吻ショットのサウンドトラックとして挿入される。女生徒の狂おしい視線を、単調なサックスの音によって表象していることがまず素晴らしい。さらにそのサウンドトラックによって、これがたんなるキスシーンに終わることなく、サイレント映画の、たとえばムルナウとかサイレント期のフリッツ・ラングの接吻とか、カール・ドライヤーの接吻の・・・―はっきりと指摘できないのが残念だが―なにか異なる時間の、次元の、(とにかくサイレント映画で目撃したことのあったような)接吻にまで高められていることに吃驚させられる。それはメロドラマ的でありながら、ヒッチコックのキスシーンのように花火が上がるくらいの饒舌ではなくて、その対極にあって、ひたすら沈黙している。
 その素晴らしいキスシーンを見せられた後にたたみかけられるラストで、ヴェンダース「ことの次第」のフリッツのごとく、8ミリカメラを銃のようにかまえ「こいつら全部食い殺せ!」と叫ぶ神木君は、だから、フジテレビのドラマ「涙をふいて」で初めて見た神木君以来の素晴らしい神木君なのだ。